THE Sand Pebbles
 
「南京事件 日本人48人の証言」(著者 阿羅健一)を読む前に、いえ読んでからでもかまいませんが、ぜひ見ておいていただきたい映画があります。それは

The Sand Pebbles (砲艦サンパブロSan Pavlo)

 乗組員たちはスペイン戦争時代のおさがりである旧式のこの砲艦のことを、「俺たちゃあSand Pebbles(じゃり)と呼んでるがな」
と、新入りのスティーブ・マックィーン扮するジェイク・ホールマンに紹介しています。

 この映画はリチャード・マッケナRichard McKenna の小説を映画化したもので、時は1926年、蒋介石率いる中国国民党が勢力を伸ばしつつある中国で、揚子江(長江)を走るガンボートの海兵たちを描いたものです。

 監督はウェストサイド物語やサウンド・オブ・ミュージックを手掛けたロバート・ワイズ監督。マッケナ自らの経験が生かされて、この時代の中国の雰囲気を見事に表した映画です。YouTubeでもアップされており、その中のアメリカ人のコメントでも「うちの親父はこの時代に上海にいたというが、この映画はまさにその時代を捉えていると言っているぞ」といった評価で埋まっています。もっとも、実際の撮影は香港と台湾で行われたそうですが。

 この時代の中国を描いた映画では日本軍の描き方に首をかしげることが多いのですが、この映画に関しては艦長の立場が何か日本軍と重なるところがあり、思わず肩入れしたくなってしまいます。

 この時代、中国にいる砲艦の任務は自国アメリカ人の保護にあります。ただし、中国の排外主義が高まる今、上からは決して攻撃してはならないと固く戒められています。
 蒋介石の国民党、毛沢東の共産党、それぞれに感化された学生たちがその憤りのはけ口を求めているのです。少しでも事を起こせば戦争への火種になりかねません。

 すでに7年も中国での勤務を重ね、機関士としての腕は申し分ないものの、人付き合いがへたでリーダーシップに欠けるジェイク・ホールマンは、海軍の部署を転々としたあげく、このサンパブロに到達しました。
 着くと真っ先にエンジンを見たいと言います。機関室で働くのは主に中国の苦力(クーリー)たち。クーリーたちのボス、チェンは、気色悪いぐらい満面の笑みを浮かべジェイクを迎えますが、ジェイクは言葉もかけず無視します。ここでジェイクは致命的なミスを犯したわけです。機関室の中国人ボスの「顔」をつぶしたのです。

 ひとりでエンジンのところに行ったジェイクは、そこで初めて笑みをもらし、
「ハロー、エンジン。俺はジェイク・ホールマンだ」と、挨拶します。
 そういう男なのです、ジェイクというのは。

 石炭入れなど機関室での重作業だけでなく、クルーの部屋でもクーリーたちはまめまめしく海兵たちの世話をやいています。髭剃りの係までいるのです。「これがやつらの飯のタネなんだ」と先輩のクルーたちはジェイクに説明しますが、ジェイクはあまり人に面倒を見てもらうことが好きではなさそうです。
 クーリーたちの首領格にあたるシンという老人はそんなジェイクをうさんくさい顔で見ています。

 自分の流儀をつらぬくジェイクは、クーリーたちだけでなく、海兵たちからも敵意を買ってしまいました。唯一親しくなったのはフレンチーという男だけです。
 「まあいいじゃないか。クーリーたちがいろいろ雑用をやってくれるおかげで、俺たちゃ、まあその、本来の任務に専念できるってもんだ」
 「任務って何だ?」ジェイクが聞きます。
 「戦いさ」
 「誰と戦うんだ?」
 「誰ってことはないさ。まあそんなことは起こらないだろうよ。でも艦長が言うように俺たちゃいつでも戦に備えておかなきゃ」
 そんなことのために俺ははるばるここに来たんじゃない、俺は機関士なんだ、とジェイクは言い張りますが、言ったところでどうなるものでもありません。
 ずっと後のシーンでジェイクは艦長のコリンズから
 「エンジンだけがお前の関心事だというのなら、なぜ海軍に入った? ここはお前の場所ではないだろう」と言われ、返答につまります。

 艦長のコリンズは折にふれ海兵たちに愛国心とモラルを説いています。
「戦争は起こらないと言われている。そうおもわせておけ。だが、ひとたび戦争になれば真っ先に一撃を受けるのはわれわれだ。そうなれば命をかけても時を稼がねばならない....」
 素行不良で軍隊に入るより仕方がなかったジェイクには艦長の言葉は響きません。彼の関心はあくまでもエンジンにあるのですから。

 巡行命令が下り、出航する途中でそのエンジンに問題があることにジェイクは気づきます。オーバーホールが不十分だったのです。オーバーホールの責任者はチェン。それを知ったチェンは意地でも自分で直そうとし、その結果、彼はピットのピストンに身をはさまれ命を落としてしまいます。
 クーリーとはいえ、死亡事故などこれまで一度もなかった、と艦長はジェイクを叱責します。しかし、艦長の叱責より深刻だったのは海兵たちのジェイクに対する不吉な予感でした。

 チェンが死んだので、新しく機関室の苦力のリーダーが必要になりました。ジェイクはその役を従順で若いポーハンに与え、エンジンのシステムをひとつずつ教えていきます。人にものを教えることはジェイクにとっても初めての経験でした。それはしかしジェイクにとって致命的となる新たなミスでもありました。

 クーリー全体の首領であるシンは、ジェイクに気に入られたポーハンを首にしようとします。
 そうはさせじ、と、ジェイクは同僚の、彼に最も敵愾心を燃やしているストウスキーとポーハンとをボクシングで戦わせ、決着をつけさせようとします。
ついでに賭けもやれば、フレンチーが恋する酒場の可憐な女メイ・リーの見受け金も稼げるかもしれない、と、このあたりは抜け目がないですね。
 ボクシング大好き、かけ事大好きの男たちにとってこれはまたとない余興、人々の興奮は極致に達します。
 このボクシングのシーンは圧巻でした。ちなみにこのポーハンを演じたマコ岩松という人は日本人で、この役で助演賞にノミネートされました。
捨て身のポーハンは最後にストウスキーを倒し、勝ってしまいます。
またもや顔をつぶされたシンがこれを許すはずはありません。機会をうかがっていた彼は、のちに、ポーハンを残酷にも暴徒の群れに投げ込み、この落とし前をつけました。

 それはそれとしてボクシングの決着がつき、船乗りたちが興奮し酔っぱらっている間に共産党の群衆がサンパブロを襲おうとしています。サンパブロの非常事態のサイレンが鳴り響き、あわてた海兵たちはふらふらになりながらもかろうじて小舟から乗り移ることができました。

 ジェイクとフレンチーは素面ですが、あとはもうただの酔っぱらい。それでも迫りくる暴徒の姿を見て危険を感じたのは間違いありません。いったい何が起こったというのか--さすがにあわてます。

 艦長のコリンズは船室で副艦長のボーデレスに事態を説明しています。
 「昨夜、揚子江の峡谷で英国軍と地域の軍閥が戦い、200名の中国人と150名のイギリス人が死亡した。ボルシェビキのものたちは2000名の無辜の中国人が殺戮されたと言っている。われわれはまた新たな嘘の戦略に直面しているわけだ」
 200人の戦死者が2000人の無辜の市民の犠牲者になるわけです。うーん、どこかで聞いたような。

 「中国の学生たちは新しいリーダーを支持している。国民党の蒋介石だ。蒋介石はいま北伐を指揮している。」
 「で、われわれはどうすればよいのでしょうか」ボーデレスはコリンズに尋ねます。
 「新しい命令を受け取った。決して撃ち返してはならない、と」
 憂鬱そうにそういう艦長の口ぶりに、ボーデレスは言葉を失います。

 そのあとの艦長のセリフもまるでそのまま日本にあてはまりそうです。

 「なにかあればすべて間違いなくわれわれのせいにされてしまう。外国の悪魔の仕業というわけだ。人々の心をひとつにするために、ほかの何か、ほかの誰か、に敵意を向けさせる、いつものやり口だ。で、その誰かというのがわれわれだということだ。
 かれらはこぞってわれわれを追い出そうとしている。蒋介石は平和的に。コミュニストたちは力でもって。しかし、われわれはそれに耐えて、耐えて、耐え抜かねばならない。なぜなら、もしわれわれが撃ち返せば、われわれに対する絶好のプロパガンダを与えてしまうことになるからだ。そうなれば本格的な戦争を始めようと手ぐすね引いているコミュニストたちの思うつぼになり、またそうなればロシアも中国を支援せねばとかけつけ、ひいては中国をロシアの手のうちにおさめてしまうことになる。」

 苦渋のうちに、コリンズ艦長は甲板に兵士たちを集めかれらに向かって言い渡します。
「歴史の偶然とはいえ、サンパブロに乗り込んでいるわれわれはこの新しい事柄に真正面から向き合う最初の米国軍隊となる。どのようにこの事態に直面するかによって名誉となるか不名誉となるかが決まる。私はこれをわれわれの名誉となるものにするつもりだ。命令に従うのは軍人の誉れである。わが政府は、現時点において、蒋介石と他の軍閥たちとの闘いを、単にさらなる軍閥同士の衝突として取り扱うものではないとの決断を下した。つまり、われわれはこれを真の市民戦争として位置づけ、そこでは細心の注意を払って中立を保っていかねばならない。

われわれは米国の資産を保護するために武力を用いてはならない。武力を用いるのは、それがアメリカ人の人命を守るとき、そしてそれを守るにはほかの方法では成しえないときにのみ許される」

It is an accident of history that we in the San Pablo are the
first American armed unit to come face to face with this new
thing. How we face it can make it our great honor, or our dishonor.
I intend that it shall be our honor. It is our military honor to
obey orders. Our government has decided for the present not to
treat the fighting between Chiang Kai Shek and the other warlords
as just another warlord squabble. We will treat it as an authentic
civil war in which we must remain very carefully neutral.
(pause)
We may not use force to protect American property -- only American
11ves, and then only when it is not possible to protect them any
other way.
 海兵たちはそう言われてもぽかんとしますが、とりあえずわかったのは撃たれても撃ち返してはならないということらしい。

 そしてサンパブロ号は伝道師ジェームソンたちの引き揚げを助けるため保山に向かいます。伝道師ジェームソンとともにいるのはジェイクが密かに惹かれているシャーリー、うら若い女性教師です。

 この映画はジェイクとこの教師シャーリー、そしてフレンチーと中国人女性のメイ・リーの恋物語が主軸なのですが、本当に面白いのはこの時代の中国の姿です。艦長の言葉の中に出てくる蒋介石の北伐はちょうどこの時期に始まるんですね。

 ところでこのミッショナリーですが、この映画の冒頭のシーンでシャーリーは波止場で見かけたジェイクに兄の姿を重ね合わせ親しみを覚えました。そして偶然にも新しい部署となるサンパブロに向かう船の中でジェイクはシャーリーたちと同じ食卓につくことになります。
 食卓では献身的な伝道師ジェームソンとシャーリー、そして政商たちが議論をしている真っ最中でした。
「中国を国というのか。これが国家だと言えるか。こんなのはただのカオスだ。」と政商たちはからかいます。
それに対してジェームソンは「不平等条約でかれらを食い物にしているのはイギリス、フランス、アメリカなどの大国じゃないか」となじります。
 このあたりの伏線の張り方はうまいですね。中国は間違いなく欧米諸国の食い物になっており、そこに日本も日本の思惑で参加しようとしています。もっともこの映画では日本のことは全く触れられていません。

 政商たちはジェイクがサンパブロで任務につくと聞くと、
「セントラルチャイナにいる米国の砲艦はもうひどいもんだ。その中でもさらに目も当てられないのはサンパブロ号さ。悪いことは言わん、今のうちに逃げ出したほうがいいぜ」と警告されます。サンパブロはスペイン戦争で使われた、いわばお下がりの砲艦です。だから名前もスペイン風なのでしょう。
 スペイン戦争に行ったのかと問われたジェイクは
 「いや、そっちには行きそこなった I missed it.」と、気にもしません。
 そんなジェイクに対し、政商はジェームソンを指さし、「このお方は大の砲艦嫌いなんだぜ」と嫌味を言います。
 伝道師のジェームソンは当然のことながら平和主義者であり、武力を全面的に否定しています。そんな彼でも、暴徒に襲われ、やむを得ず砲艦に助けを求めたことがあるのです。恥ずかしながら二回も。それは彼の恥辱でした。そして二度と助けを求めないことを誓っています。後半のストーリーの中で彼がなぜかくも頑なに助けを拒むのか、ここに伏線があります。

 ストーリーの半ばで、ジェームソンは伝道所の敷地の中に勝手に咲いていたアヘンを咎められ、有罪の宣告を受けます。とりあえずは蒋介石の生え抜きの部隊に保護されているものの、身の潔白を訴えるためには長沙に行って上訴する必要があります。ちょうどサンパブロも長沙に行くところなので、乗せてもらうことになりました。
 そこでまたもや暴徒の群れ。そしてジェームソンたちが暴徒を逃れてようやく乗船できたとき、ジェイクの初めての教え子であるポーハンがシンによって暴徒の手に委ねられてしまうのです。

 杭にくくりつけられ、一寸刻みになぶり殺しされるポーハン。もがき苦しむポーハンを楽にさせてやるため、ジェイクは制止をふりきって銃をとります。

 この情勢下で発砲は固く禁じられていることでした。

If you had killed one of the other Chinese, there would
have been a massacre. We would have had to open fire, and
it might have been the war the Bolsheviks want. You realize that, don't you?

 「もしお前がひとりでも別の中国人を殺していたら、それは虐殺ということになっていただろう。こちらは銃撃しなければならなくなり、それはボルシェビキたちが望む戦争になっていたかもしれないのだ。それをわかっているのか、お前は」
 コリンズ艦長はそう言ってジェイクを叱責しますが、しかし、気持ちはわかる、艦長とて同じ思いなのです。そこで転任を希望するなら不問に付すとジェイクに譲歩を与えてくれ、とりあえず代わりの隊員が来るまでは仕事を続けることになりました。

 しかしもうひとり殺していたら、それはもう虐殺とされてしまう、という艦長の言葉に、またしても思い当たることがあるような。

 船は長沙に着きます。船岸には[GO HOME]  [BEGONE FOREIGN DEVILS]などといった垂れ幕を掲げ、無数の学生たちが小舟に乗ってサンパブロに抗議しています。

 近づく小舟を遠ざけるため、艦長コリンズはホースを使って放水を命じます。なんかこの光景、尖閣諸島の放水合戦を彷彿させますが、こういう手法はこのような時代からあったということなんですね。

 サンパブロの船上ではシャーリーについてきた中国人学生チョーイェンもシャーリーと一緒にこの光景を眺めていました。彼はシャーリーに中国へ来た甲斐があったと確信させてくれたほど優秀な教え子です。
 チョーイェンにとって蒋介石は神にも等しい人。その彼はこの光景に密かに怒りを募らせています。共産党であれ国民党であれ、どちらにとっても外国からの圧力に屈することは耐えられません。ここに真に中国を愛するこの若い愛国者を加えているところがこの映画のきめの細かさですね。

 さて船が着き、コリンズ艦長は副艦長ボーデレスに対し、小隊でジェームソンたちをミッション・スクールまで護衛するよう命じます。隊の中にはジェイクも含まれていました。
 人々が密集するストリートを潜り抜けてミッション・スクールに着くと、中国軍のリン大尉が兵に命じ米国国旗をおろしているところでした。ボーデレスは驚愕し、リン大尉をにらみます。相手もにらみ返します。
 「何の任務で来られた?」リン大尉はボーデレスに問います。
 「それはこちらで聞きたいことだ。この地所は米国のものだ」ボーデレスは挑みますが、リン大尉のほうが上手です。
 「だが、ここは中国の大地だ。そっちが戦争を辞さないというのならここから始めてもらってもっけっこうだ」

 屈辱に打ち震えながらもボーデレスはけっきょく中国兵のエスコートを受けて帰らねばなりませんでした。帰途では、中国兵の制止もむなしく、街じゅうの人々からあざけりの言葉とともに卵や野菜を投げつけられ、海兵員たちのその憤りたるや言語につくせません。それでも抵抗してはならないのです。
 船に帰るなり、かれらはどろどろに汚れたユニフォームを投げ捨て、こんなもの二度と着るものか、洗わなくてもいいから、焼いておけ、とクーリーに命じます。ひとりジェイクだけが、洗っといてくれ、と頼みます。

 フレンチーとメイ・リーの話は映画でじっくり鑑賞していただくとして、サンパブロ号を取り巻く学生たちの数はますます増えていきます。それを見て船内の苦力たちはおびえ出し、彼らをとどめるためには賃金を引き上げるしかありません。

 その一方で、シャーリーは教師の仕事にますます打ち込むようになっています。学習に対する子供たちの熱心さ、かれらは目的心をもって学んでいる、とシャーリーは感激しますが、
 「目的ね、ああ、米国海軍を追い出すっていう」と、ジェイクは皮肉っぽく返します。
 「そんな。あなただってもし中国の艦船がミシシッピ川を走っていたらどう思う?」
 「まあ、そうだな」と、作者はここでも中国側の視点を忘れてはいません。

 シャーリーはジェイクに、ミッショナリーに入って中国人にエンジンのことを教えてほしいと誘いますが、ジェイクは心を決めかねます。ジェイクの立場も考えず、簡単にそう誘うシャーリー。若さゆえの無謀な情熱といえましょうか。

 一方、船にはまた一大事が起こっていました。クーリーの親方シンがアヘンの袋を船に持ち込み、それを海兵員たちのものだと学生たちに伝えたのです。おまけに艦長がそのアヘンを燃やすよう命じたものですから、その煙たるやすさまじく、学生たちの抗議活動がまた一段と燃え盛ることになりました。さらにはまた、船の苦力たちもストライキと称してとうとう逃げ出してしまったのです。

 冬の川は水位が低く、春になるまでサンパブロ号は移動できません。クーリーもおらず、厳しい局面を迎えてコリンズ艦長は、誇りをもって耐え忍ぼう、と檄をとばしますが、海兵たちの士気は下がるばかりです。
 そして、シャーリーたちも小舟で上流に去っていきました。
 去っていくジェームソンたちの乗った船を見ながら「今度何かあったらやつらはきっと彼のせいにして殺すだろう」と、艦長コリンズはボーデレスにつぶやきます。
 「まあ、こっちにとっては厄介払いできましたね」
 「いや、いかに愚かな人間でも、われわれの使命は依然としてアメリカ人の生命を守ることにある」
 コリンズ艦長の使命感に曇りはありません。

 しかし、
 「春が早く来ること、あるいは発砲を許されること、今はそれを祈るしかない」、のです。

 一方、考えたあげく、ジェイクはミッショナリーに加わることを決め、機会を見つけ次第脱走するつもりだ、と、フレンチーだけに打ち明けます。
脱走兵はとことん追っかけられるぞ、とフレンチーは心配しますが、ジェイクには自信がありそうです。「船は二カ月はここを動けないんだから、誰が追いかけるというんだ。」

 雪が降りだしています。その寒い冬の海の中をフレンチーは毎夜のように妻となったメイ・リーに会いに行くため泳いで岸にわたります。艦長はそれと知りつつ、見ないふりをしています。

 クーリーたちがいなくなったので彼らに頼り切っていた海兵たちはもうぐずぐずです。ぼうぼうの髭、汚れた食器、汚れた制服、ひとりまともな恰好をしているのはジェイクぐらいでしょうか。喧嘩も頻繁に起こっているようです。
 コリンズ艦長はボーデレスとフランクに軍刀を帯びておくよう命じます。そしてボーデレスには部下となるべく接触しないようにと言います。喧嘩の仲裁などはフランクに任しておくように、と。何も見なければ、また何も聞かなければ、公の報告書を書く必要もないのだから。
 それはこの耐え難いストレスにもがいている部下たちへの艦長なりの配慮でもありました。
 「水位があがり上海に行けさえすれば、すべてがうまくいく。米国合衆国の艦船で反乱など一度たりとも起こったことはない、私はそんな可能性をわずかでも彼らに与えるつもりはない。」
 そして彼は海兵たちに希望を与えるために、
「モーターを震わせて水位を調べ、たとえ水位が上がろうが上がるまいが、このチャートには上昇を書き込め」とまで言ってのけるのです。ああ、もうこの艦長の苦衷を察するとお気の毒としか言いようがありません。

 そんなことは知ったことではなく、ジェイクは週一回許された外出の機会を用いて脱走しようとしますが、その前に別れを告げるためにフレンチーとメイ・リーのいる家に行きます。そこで彼が見たものは、しかし、肺炎で亡くなってしまったフレンチーの死体でした。
 とはいえ、つらいけれど悲しんでいる暇などありません。一緒にシャーリーのところに行こうとメイ・リーを説得している途中で運悪くメイ・リーを探していたギャングに踏み込まれ、彼は命からがらまた船に戻ることになってしまいました。さらに運の悪いことには身元のわかる軍帽を落としてしまったのです。

 翌日、サンパブロ号はおびただしい数の学生たちの小舟に取り囲まれます。かれらの横断幕には「人殺しのホールマンを人民法廷に引き渡せ」と書かれた文字が躍っています。

 ギャングらはメイ・リーを殺しその罪をジェイクにかぶせたのでしょう。ジェイクは唖然とします。
 ジェイクのことを不吉なヨナだと信じ込んでいた海兵員たちも、そろってジェイクを引き渡せと艦長に嘆願書を提出します。しかし、艦長はそれを見もせずに燃やしてしまいました。

 コリンズ艦長の怒りは頂点に達しています。絶対にジェイクを引き渡すことはできない。それはジェイク自身のためではなく米国の国威のシンボルとして拒否せねばならないのです。
 船の外ではおびただしい数の小船に乗った学生たちが「ホールマンを引き渡せ」と叫び、船の中では海兵たちが口をそろえ、「降りてこいホールマン、降りてこいホールマン」とわめいています。

 ついに艦長の堪忍袋の緒が切れました。

 命令した発砲を引き延ばそうとする部下にしびれをきらし、コリンズは自らハンドルを握って発砲します。
 弾は小舟のそばをかすめ、学生たちは退き始めます。学生たちの喚き声も小さくなり、奇妙な静けさが戻ってきました。
 一方で、己のしたことに呆然とするコリンズ。発砲してはならないと、あれほど固く戒めていた自分がやってしまった。
 ボーデレスに船を射程距離から引き離すよう命じたあと、彼は自分の部屋に閉じこもってしまいます。

 艦長の態度にショックを受けた海兵たちは気をそがれ、持ち場に戻って仕事をしているうちにそれぞれ自分を取り戻していきます。それをみてボーデレスはほっとします。けれども艦長室のドアはまだ閉じられたままなのです。

 部屋では艦長はピストルを前にして長い間考え込んでいます。軍人たるもの命令違反がどういうことであるか、彼ほど知るものはいないでしょう。そしてもしも自分の発砲が口火になってしまったらそれが何を意味するか。

 そこへボーデレスがドアの外から緊急連絡を告げます。
「国民軍が南京を占拠しました。米国人が殺され、英国艦船と米国艦船は南京を攻撃しています。海軍は上海に上陸しました。」
 事態が急速に動いたのです。コリンズはピストルをホルダーに戻し、生気を取り戻します。

 このあとのコリンズのセリフがまあなんと現代にも通じるマスコミ対策といえましょうか。
「今朝、起こったことはまだどの新聞にも載せられていない。新聞に載らないかぎり歴史とはならない。サンパブロ号の最後を飾る記事は全く違うものになる。
 われわれの目標はミッショナリー、チャイナ・ライトの人々を救出することだ。南京で虐殺があった以上、かれらは必死で助けを求めていることだろう。たとえサンパブロが死んでも、これできれいなまま死ねる。」
 と、艦長は名誉挽回のために無理やりとも思えるミッションを自分でつくり、そのためにはなんと命令を無視できるよう無線機は故障ということにしてしまうのです。むろん、死を覚悟の上です。

 「情報機関によると川は竹のケーブルでつながれた何十隻もの船でブロックされている、そのブロックを突き破って進んでいかねばならない」とコリンズは部下に伝えます。
 これは「48人の証言」の中に出てくる閉塞線のことですね。日本軍の砲艦に対してはワイヤを使っていましたが、ここでは竹です。しかし組み込まれた竹の強さは決して侮れません。この映画ではぜひこのシーンを見逃さないようにしてください。

 ジェイクはむろんシャーリーたちの救出と聞いて心の中で飛び上がって喜んでいます。他の海兵たちも任務が決まると髭を剃り、きゅうにしゃんとなりました。つまるところかれらは兵士なのです。高く掲げられた軍旗を見れば胸が熱くなるのです。

 戦いが始まり、ブロック船に飛び移ったジェイクは、中国兵の中に思いがけずサーベルを手にしたチョーイェンを見て驚きます。シャーリーの愛弟子をこんなところで見たくはなかった。だが、ことここに至ればもはや戦う以外ありません。

 激しい戦いののち、サンパブロは無事に水路を確保し目的地に進みます。ここでジェイクは上陸隊に加わること志願し、許されます。

 コリンズ艦長はボーデレスに告げます。
「敵はブロックを補修しようとするだろう。もう一度あれを突破する力はわれわれにはない。もし私が夜の明ける前に戻ってこない場合には、第一使命は失敗とみなし私を待たずに出航するのだ」
 言い返そうとするボーデレスを制し、コリンズは「これは命令だ」と言い切ります。

 上陸隊にジェイクが志願したとボーデレスから聞いて、シャーリーとジェイクの関係などつゆぞ知らない艦長は、
「わからん男だな、あれは。(That man's a riddle.)」と首を振り、笑みをもらします。
 最も兵士らしくない男だったジェイクが、クーリーたちがいないときでも小綺麗に身を処し、今度はまた志願までするのですから。

 出発に際し、ボーデレスは敬愛して止まぬ艦長に敬礼ではなく握手を求め、コリンズはその手を握り、出ていきます。

 小川からボートで上陸するとき、こぎ手としてボートに残るファレルに艦長は自分の時計をわたし、
「二時間たっても戻らないときは船に戻れ。そしてボーデレスに第一使命は失敗したと告げろ」と、言いわたします。

 ジェームソンたちのいる建物にたどり着くと、ジェームソンが出てきて言い争いになります。この言い争いはどちらの側にもひりひりするような真情があふれています。
 ジェームソンは国民党の学徒兵たちがコリンズたちとの戦いに赴いたことを知っており、かれらが勝利を収めることを望んでいたとまで言い切ります。自分たちは砲艦とは関係ないとやっと人々を説得できかかったところで、むしろ砲艦こそ自分たちの安全を損ねるものだと。

 コリンズは必死で説得しようとします。
 「すでに南京が国民軍の手に落ちた以上、いずれ米国人たちも襲われるのは目に見えている。シャーリーはレイプされるだろう。そして米国があなた方の死の報復にここにやってきたらここは全滅する。それでもいいのか。」
 「あなた方が不平等条約で都合のよいようにした軍閥の兵士たちに、中国人女性がレイプされ殺されても、あなた方が何をしてくれたというのか。頼むからわれわれを放っておいてくれ」とジェームソンも必死です。彼は無国籍者になる届をジュネーブに送っている。もはや米国人でないのだから権利も責任もない、のだと。

 「そんな書類は夢のようなナンセンス(romantic nonsense)、一度くらいは効き目があるかもしれないがいずれなんの役にも立たなくなる。すでに衝突が始まっており、そんなさ中にそのような紙切れが何の役に立つものか、あなた方を救出するためにすでに海兵員に死傷者が出ている。それをあなた方は無駄にするのか」というコリンズの説得にジェームソンは、
「あなた方の英雄的行為に意味をもたせるために自分たちをささげるつもりはない」と、コリンズの痛いところをついてきます。

 歴史を振り返ってじっくり考えると、たしかにジェームソンのいうとおり、コリンズの動機は自らの軍人的誇りを満たすための作戦実行であったかもしれませんが、この状況でジェームソンたちが無事でいられたとは到底思われません。交渉を有利に進めるためにかれらを人質にする可能性だって十分あり得ます。いやほぼ確実にそうなるでしょう。いくらジェームソンが無国籍であると主張したところでそんなものに説得力あるとは思えません。だからこそコリンズは本人の意思に反してもかれらを連れ帰らなければならないのです。それは戦争に生きる軍人の経験的知識でもあります。
 それにまた皮肉をいえば、ジェームソンにしたところで、自分たちのミッションに意味をもたせるために、頼まれもしないのに中国にやってきたわけです。そして暴徒に襲われ、実際には二度までも砲艦に助けを求めたことがあるのです。

 激しい言い争いでジェームソンが抵抗している間にも、コリンズはジェイクに向かい、自分が後に残って時間稼ぎをするからあとはシニアであるお前が指揮をとって船に戻れと命令します。
 が、ジェイクはとつぜんコリンズに自分もここに残ると言い出します。あっけにとられるコリンズ。
 たったいま、国民軍と激烈に戦ったあとでここに残るというジェイクには戦局のことなどまるでわかっていません。かれはただやっと自分の居場所を見つけたということしか頭にないのです。
 蒋介石を神格化していたシャーリーの愛弟子とあれほどの死闘を繰り広げたあと、どうしてここにとどまれようか。
 それはしかしエンジンのことしか知らないジェイクには理解不能です。

 そこのところを絵で示すために、よろよろになったチョーイェンがふらふらと入ってきて倒れ、死に絶えます。(あの状況でここまで来られるはずはないと思いますが、まあそこは映画ですから)

 「あなた方は閉塞船のところで彼を殺したんだな!」愛弟子の死を目の当たりにしてジェームソンは怒りに燃えてコリンズを糾弾します。
 「国威がなんだ、旗がなんだ。今更それが何になるというんだ!」
 いやもうそれは正論でしょう。もし私が若いころにこの映画を見ていたとすれば心情はもうすっとこのジェームソンやジェイクに傾いていたはずです。

 しかし、馬淵睦夫氏の言われるように「世界は腹黒いんですよ」ということがやっとわかりかけてきた今、見方はまったく変わってしまいました。

 映画でもこのあと無国籍証明書をかざしたジェームソンが無残にもあっさりと撃ち殺されてしまうことで現実に引き戻されます。

 ジェイクはけっきょく兵士として死ぬことになってしまいました。ただし、国のためではなく、女のため自分のために。

 ストーリーがあまりに複雑なので一度見たぐらいで全体像をつかむのは難しいかもしれません。私もあとでスクリプトを見て、ああ、そうだったのかと思うところが多々ありました。
 とはいえ、ひとつの映画の中で、かくも多様な局面をそれぞれの視点から描き切った作品はそうないでしょう。

 唯一ひっかかったのは、ボーデレスがジェームソンたちを護衛してミッショナリースクールに行ったとき、米国旗を降ろしていた国民党軍のリン大尉たちが身につけていた軍服がカーキ色で、最初これは日本軍かと思ったぐらいです。
 「48人の証言」の中でもしばしば触れられていましたが、中国兵たちが脱ぎ捨てていた軍服が藍染めの軍服だということだったので、この箇所では少し首をかしげてしまいました。ひょっとしたら中国軍もカーキ色の軍服を着用していた時期があるのかもしれません。

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